ざつらい

レティクル・ザ・妄想から移行しました

ねほりんぱほりん「ナンパ教室に通う男」

先週のアンコール放送で見て以来、ずっと頭から離れない。なんだろう、このタカノリ(仮)に感じてしまう共感は・・・。もちろん自分はナンパ教室なんて行った事ないし、職場でセクハラとかもした事ないですが、恋愛コミュ障で足掻いているという意味では同じだ。そして何とかしようとして益々ダメな方向に進んでしまう、ズレた努力をしてしまうというのも、すごくよく分かる。駄目な人ってそうなんですよ。恋愛に限った話じゃないけど。人生のコンパスだかハンドルだかがおかしくなってて、周りから見ると明後日の方向に進んでるように見えても、自分では前に進んでるつもりなんです。

後ね、奇跡的に上手くいってた福岡の彼女、自分から振ってしまったというのもね、分かるんですよ。俺も同じ立場になったら同じ事してしまいそうで・・・そして、タカノリと同じように、後悔し続けてそうで・・・結局、自分の人生に覚悟が決まってないから、大きな決断ができずに流されてしまうんですよね。神様の思し召しとかそれ言い訳としては最後の手段ですからね。今の自分とちゃんと向き合おうよ。次のチャンスが来た時の為に。もう来ないかもしれないけど。

ナンパ教室に出会ってしまった事は、タカノリにとって幸せだったのか不幸だったのか、考えてしまいますよね。確かに今は楽しそうだけど、ほんとに楽しいのか?幸せなのか?本来の目的は恋愛と結婚だったのに。かと言ってナンパ教室に出会ってなかったら、何もなく更に陰鬱な人生だったかもしれないし、それに比べたらマシなのか?タカノリはどこで人生を間違えてしまったのか?

こういうのって、価値観の多様化、個人主義の負の側面なのかもしれません。誰がどこで何しようが法律に触れない限り自由、自己責任でどうぞ、となれば、変な方向に行っちゃう人が少なからず出るのは当然。地域や組織のコミュニティとか、宗教的な価値観とか、指針となるものが何も無いんだもの。もちろん才能がある人や頭の良い人は自由に羽ばたいて活躍できる訳ですが、馬鹿やセンスのない人は道を見失って迷走してしまうのです。

普通の人からして見ればね、何バカな事してんだって話なんですけどね。我々、普通未満な訳ですよ。人類であれば誰でもやってる恋愛が、何十年かけてもできないんだから。タカノリは戦ってるつもりなんでしょう。ナンパを武器に、自分の人生と。でも実はそれは素振りにもなってない。それは逃避に過ぎないのに本人がそれに気付いていないか、もしくは気付いていても何もできない所に、最大の悲劇があると思う。

そもそもナンパ師としても、タカノリは一流でもなんでもない訳ですよ。100人以上お持ち帰りしてますよ、ガハハと笑うけど、3万人に声かけて100人て成功率1%切ってる訳で、ナンパ師の世界のアベレージ知らないけど、高くはなくね?暇そうな、チョロそうな、ナンパに引っかかりやすそうな女の子だけを狙って、高いお金を払って教わったテクニックを使って、練習した笑顔と記憶した話術を駆使して、1%切るのが普通なの?せめてナンパ師として成功してれば慰めにもなるのだけど、これでは・・・。

番組の最後でYOUは今のタカノリを肯定してましたけど、もうね、肯定するしかないよね。だってもうどうしようもないんだから。20代とかならともかく、アラフィフで今更矯正とかできないですよ。唯一の望みは、今月末の放送でタカノリが再度出演するらしい事。果たしてタカノリはどうなってしまっているのか。自分事のように見守りたいと思います。